術後半年

今日でちょうど、手術を受けてから6ヶ月になる。
気づいているのは私だけだろう。家族も、執刀の
先生も、そんなことを常日頃から数えているわけが
ない。
私自身、あの痛みがどれほどだったか、痛みのあまり
どのような歩き方をしていたか、もう再現できなく
なっている。
日々、筋力が回復してきているのを感じるし、先日の
リハビリでは「僕らのような専門家の目で見ても、
どこが悪かったのかほとんどわからないくらいです」と
PTの先生に褒めていただいた。

ただ、可動域はまだまだだ。開脚もスプリッツも、
これでバレエをやっていてよいのかと思うぐらい
絶望的。イスに座っている時間が長いからか、
伸展がまったく駄目だ。うつ伏せになって右足を
股関節のところから上げていこうとすると、ほとんど
上がらない。

それでも、例えばタンルベ。
片足で跳ぶことは、少し前までできなかった。
跳んでいるつもりでも足が床から離れない。
それがここ数日、床から離れた片足を、またその
片足で受け止めることができるようになってきた。
両足でなら、アテールから直接ポワントで立つ
ことも、これがなぜこの前はできなかったのかと
不思議なくらい。
筋力が少しずつ回復しているのだ。

この年齢になっても、がんばれば上達は可能なのだ。
昨年は、やればやるほど下手になっていく一方で
「いつやめようか」「今日が最後になるだろうか」
と思いながら無理矢理レッスンを受けていた。
けれども、いまのように「できるようになってきた」
という実感があると、レッスンが楽しい。

どんどん股関節を使って動いていると、ときどき
チリリと思い出す。痛みはほとんど忘れてしまった
けれど、ここにかつては右股関節のミギーがいて、
いまはもういないということ。切り取られ、一足先に
葬り去られたミギーのことは、忘れられるはずもなく、
明日はちょっと遠くの山へ行く。

骨の変化

腰の後ろ、ウエストラインよりほんの少し下、
背骨を挟んで左右に骨盤が微妙に出っ張っている部分がある。
上後腸骨棘(じょうごちょうこつきょく)というらしい。
この周りが、以前は凝っていた。しかも、左右で出っ張りの
度合いが違う。骨盤をまっすぐに立てているつもりでも、
右の方が明らかに出っ張っている。かなり意識して上体を
引き上げれば若干引っ込むが、普通にすると出てしまう。
この状態は、手術後もしばらくは続いていた。
それが、最近は少しずつ左右対称に近づきつつある。
凝りもなくなってきた。
また、背骨が腰のあたりで丘のように盛り上がっていたのが、
背筋を正して座れば平らになっている。
筋力の不足か、骨自体に問題があったのかわからないが、
股関節周りの痛みによって、背筋を正すことすらできて
いなかったのだろう。

骨の変形がきっかけでひどい痛みに悩まされていたが、
その痛みがまた骨の傾きや形に影響を与えていたとは。

自分の中の底なし沼

ペザントの振り移しが終わり、通しで踊るところを
動画で撮影してもらった。
まったくがっかりだ。
パドブレアラベスクもパッセも何もかも、何を
やっているのかわからない。
数年かけて狭くなった可動域を、また元に戻すのに
何年かかるだろう。
やればやるほど下手になっていった分を、これから
取り戻すことはできるのか?
痛みを抱えていたときは、とにかく痛みを少しでも
軽減する動きを自分一人で追求した。それがいま、
悪い癖となって上達の邪魔をする。
そもそも上達どころか、スタート地点に着くための
惨めで無様なレッスンを、当分は続けることになる。
生きている間に取り戻せるのか?
そのような戦いを死ぬまで続ける忍耐が自分にある
のか?

いま、泥沼に落ち込みながらも、頭だけはもたげて
目を見開く。
せめて、アラベスクを少しでもきれいに見せられる
よう、あらゆる努力をしよう。
パドブレも、できるだけ音を立てないでできるよう、
自分の身体作りをしていこう。

諦めないことも肝心

この1週間の間に、3ヵ所の山に登った。
 天ヶ岳780m(走行距離約17km)
 小塩山642m(走行距離約14km) 
 比叡山749m(走行距離約12km)
比叡山の頂上(大比叡848m)は先月に一度登っているので、
今回は頂上へは行かず周囲の名所・見所へ。

下りには注意が必要だが、山へ登るのは、よいリハビリに
なると思う。つけ根を伸ばし、次へ踏み込んだ足に体重を
ゆっくりかけて、身体を上へ運ぶ。まるでランジのような
動きである。
平らでない山道は、足を置く際に様々な方向から力がかかる。
それを、腰回りの筋肉でしっかり支える。
レーニングルームで行う単調な動きではなく、紆余曲折の
人生を歩むための実践的なトレーニングだともいえる。

下山する頃には多少の筋肉の疲れや関節の違和感を感じる
こともあるが、翌日にはもう回復している。
とくに急斜面の下りが続いて関節が痛み始めたら、お尻を
引き締めるように力を入れると楽になる。

慢性化した痛みに耐えかねて、整形外科に通い始めたのは
3年前。動き始めに痛むと感じていたのは5年ぐらい前。
年齢のせいだから仕方がないのだと思っていた。
バレエのレッスンに行くときも、「今日もやっぱり調子が
悪いな」と思いながら自転車を漕いでいた。

いまは、その頃よりももっと前の状態がこうではなかった
かと思うほど、身が軽く快適に感じる。
足腰に痛みのない状態が、50半ばになって再び戻って
くるとは思いもしなかった。
年は重ねているが、若返った気分とはこのことか。

「みんな痛いのを我慢している」
「年だから仕方がない」
「身体が若返るはずがない」

50代では、まだこのように諦めるべきではなかったと思う。

人工関節、要不要の分かれ目は?

硬くなった筋肉をほぐすためのエクササイズ動画が、
いまでも多数公開されている。ひさしぶりに検索
してみたが、感染症の緊急事態期間中に、いっそう
増殖したように思う。

手術の直前まで、少しでも痛みが楽になるならと、
ありとあらゆる情報を集めていた日々。
いまも基本は同じ。さほど目新しい情報はない。

動画には、これでウソのように楽になったという
コメントも、たくさんつけられている。
どれだけの人がそのエクササイズを試してみて、そ
のうちどれぐらいの割合の人が効果があったのかは
わからない。効果がなかったり、余計に痛くなった
人は、まずコメントを残すことがないだろう。

たいていは「痛みがひどくなる場合はやめておき
ましょう」「無理しないように」などと但し書きが
してある。
私の場合は、効果が見られる9割の人以外の1割に
相当する人だったのかどうかわからない。
痛みがひどくなるというより、痛くてその動きが
できないのだから、ほぐすことすら困難だった。

人工関節手術の要不要の境目は、その痛みの感じ方
なのだろうか。
痛みが、ほぐしても解消しないレベルになったら、
あるいは痛み止めが効かなくなったら、筋トレで
筋肉をつけるどころか、条件反射的に痛い部分を
かばう日常で、筋肉も骨もどんどん弱っていく。
痛みが我慢できるうちに、一時的でもほぐせる
うちに、どれだけ筋肉をつけられるかが分かれ目
だったのだろう。

ジゼルのペザント

本来なら、次の日曜日が発表会だった。
振り付けが始まった2月頃はまだ故障中で、自分の出演予定は
なかったけれども、長女が「白鳥の湖」第2幕のコールドを
踊ることになっていた。
きっと今頃、本番直前の緊迫した空気に包まれながら、羨望の
念を持て余していたことだろう。

ところが、社会全体が舞台発表など中止に追い込まれる事態に
なったのは、何の因果だろう。そのうえ、発表会に代わるもの
として、「バレエ・パフォーマンス」と称し、小さな会場で
内輪だけとはいえ発表の場が設けられるとは。

私に与えていただいたのはジゼルのペザント。パド・ドゥの
一部でブルグミュラー作曲の方らしい。コンクールやバレエ・
コンサートではアダンの方が踊られることが多いので、珍しい
演目だといえる。有名ではない分、慣例や先入観に引きずられず、
のびのびと自分の表現ができそう。

ちょうど4ヶ月前の3月16日は「もう、これが最期のレッスンに
なるかも」と観念し、アンシェヌマンまで足を引きずりながら
自分の気持ちを追い込んだ。毎回「今日でやめた方がいいのでは」と
思いながら、ズタズタの心と体で手術直前まで通っていた、その
最期の日だ。

ただ辞めてしまう勇気さえなかっただけなのに、予定よりも早く
退院できて、すぐにバレエにも復帰して、ポワントのレッスンも
再開して、バリエーションを踊ることになって、怖いほどの
トントン拍子。

ポワントレッスン再開

実に4ヶ月ぶりのポワントレッスン。
コロナ自粛を挟んで、他の人たちにとっても
3ヶ月ぶりの久しぶり。
というわけで、15分ほどの間に足慣らしと
片手バーでのパンシェ。センターでは
エシャッペ、シュッス、パッセを少し。

それでも、ずいぶん楽になったことを実感。
4ヶ月ぶりなのに楽とはおかしなものだが、
痛みを堪えて立っていたときと比べると、
ブランクを通り越して楽に感じる。
エシャッペもパッセも、懐かしい感覚。
心配していた、左右の足の長さの違いも、
今日のところはさほど気にならなかった。
日常生活の中で、左右差になれてきたのと
多少は同調しているのかも。

1ヶ月前は絶望的だった可動域の狭さも、
時間とともに少しずつ改善してきた。
レッスン場に来てレッスンを受けることで、
具体的な課題を身体で思い知ることができる。
そのうえで、家での自主トレや日常生活の
中でも意識が変わってくる。
ありすぎる課題は一つ一つ攻略していくしか
ないから時間がかかるけれども、それでも
改善していけることが嬉しい。
やればやるほど足に負担をかけるばかりで、
どんどん下手になっていった4ヶ月前まで
とは大違い。

諦めなくて本当によかった。