右股関節の一回忌

あれから一年になる。きょうは右股関節のミギーの一回忌だ。

前日の朝、自家用車で病院まで送ってもらった。
暖かい朝で、車窓からはあちこちに開花の進む桜が見える。
こんな一首を詠んでいた。
洛中の桜の名所すり抜けて目的の地は入院病棟

当日。手術室には8時半頃入室。自分の足で、病室から
よろよろと長い廊下を歩いた。
激しい痛みが、ミギーの最期の叫びのようだ。
脳裏には眠れる森の美女の曲全身麻酔行きわたるまで

新型肺炎の流行が懸念され、入院患者は家族との面会も
制限され始めた頃。

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さて、3日前に携帯の機種変更をした。ようやくのスマホ
役目を終えたガラケーは、もう赤や青のランプが点滅する
こともない。
10年の付き合いだったから、人生の何分の1か。

右股関節のミギーと過ごしたのは人生の半分以上。
新しい人工関節は、奇跡的に長持ちして私の寿命に最期まで
付き合うとしても、あと56年ということはまずないだろう。


一年経って、手術したのを忘れるぐらい……ということはない。
普通にどんどん歩けるようにはなっているし、むしろ手術前より
よほど活発な生活を送っている。
ただ、関節周囲の組織の硬さは完全に解消されたわけではないし、
可動域もまだまだだ。開脚でもスプリッツでも、人よりよく
開く方だったのが、いまは「ただの身体の硬い人」。
付根の伸展も不十分で、ちょっと気を抜けばお年寄りのような
歩き方になる。レッスン場でのリンバリングは心が若干苦痛だ。

一年前は、バレエ復帰だけでも御の字だったのに、それだけ
欲が出てくるほどに快復したといえる。

傷口は、当然すっかりふさがっているのだが、見ればすぐに
わかる痕がある。これは、消えなくてもかまわない。
ミギーのことを忘れないでいられるから。